医療従事者の方へ

口腔外科手術の基本的手技:下顎埋伏智歯抜歯
 短時間に安全に下顎埋伏智歯抜歯を行うのは困難なことではありません。もちろん、非常に難しい症例もありますが、一般的な下顎水平埋伏智歯であればおおよそ15~20分くらいで抜歯を行うことができます。そのためのいくつかのコツがありますので、今回はそのことについて述べたいと思います。

 抜歯に時間がかかってしまう代表的な理由がいくつかあります。

1) 術中に痛がるため、局所麻酔の追加が必要となってしまう・・
2) 視野が狭く、どこを扱っているのかわからなくなってしまう・・
3) 歯冠分割がうまく行かない、または分割した歯冠が摘出できない・・
4) 歯根が脱臼しない・・・

 以上のことを注意するだけで手術は安全にかつ早くなります。

1) 浸潤麻酔は十分に行います。キシロカインカートリッジ1.8ml が2本は最低必要です。必要に応じて伝達麻酔をおこないます。注射後は作用するまで最低でも5分待ちましょう。
2) 切開腺は非常に重要です。また、剥離も骨膜からしっかり行う必要があります。骨膜からしっかり剥離できていれば、出血もほとんどありません。
3) 歯冠分割の際は5倍速エンジンとダイヤモンドバーを使用してください。エアータービンを術野で使用すると、皮下気腫を起こす可能性があります。重篤な場合には皮下気腫が縦隔にまで達し、治療が必要となります。また、ゼクレアバーは非常に破折しやすく、バーの迷入、誤嚥、誤飲の危険があります。5倍速エンジンとダイヤモンドバーを用いると、その危険が回避できるだけでなく、非常にスピーディーに歯冠を分割することができます。用いるダイヤモンドバーは太めのものを使用してください。また、ストレートエンジンと太めのフィッシャーバーも歯冠分割には有効です。慣れている方を使用してください。
4) 下顎水平埋伏の場合、歯冠が摘出できた後、なかなか歯根が脱臼しないのは歯根が彎曲しているか近心根、遠心根の平行性がないためです。このような場合、 歯根を分割します。その際、技工用のストレートエンジンと太めのフィッシャーバーが非常に有効です。また、年齢が上がるに従って骨が硬化し、歯根膜が狭くなり骨と根が癒着してきます。このような場合は非常に抜歯困難です。
切開線のいろいろ:下顎水平埋伏抜歯の際の切開腺
下顎水平埋伏抜歯の際の切開腺①  もっとも代表的な切開腺です。7番遠心面中央から下顎枝外斜腺に沿って切開をいれます。また、7番頬側面近心1/3から縦切開をいれます。縦切開の縫合がやや困難です。特に埋伏歯が深部にあり、抜歯困難が予想される場合は大きく切開線を設定してください。切開・剥離が小さい方が術後の腫脹は少ないですが、十分な視野を得て安全に抜歯するこの方がより重要です。
下顎水平埋伏抜歯の際の切開腺②  上記切開腺の改良型です。縦切開を入れない代わりに歯頸部切開を6番近心1/3までのばします。また、7番遠心面中央からの切開は下顎枝外斜線よりやや外側に設定します。縦切開の縫合が必要ないため、時間の短縮ができます。また剥離した歯肉と骨がより密着した縫合ができます。


抜歯の実際
抜歯の実際①  左側下顎8水平埋伏
 左下7歯頸部に左下8歯冠が嵌入しています。
 また近心根が彎曲しています。
抜歯の実際②  口腔内所見。
 歯冠の一部露出を認めます。
抜歯の実際③  歯肉切開および粘膜骨膜弁剥離。確実に骨膜より剥離することが重要です。また、後方の切開が骨の裏打ちのない咽頭方向へ行かないように注意してください。
 外斜線と内斜線の間に切開を入れます。
抜歯の実際④  5倍速エンジンと太めのダイヤモンドバーを用いて、歯冠分割。
 また、骨の開削は歯冠の最大ほう隆 部を超えるところまで行って
ください。5倍速エンジンはトルクが非常に強いため、数十秒で歯冠分割ができます。
抜歯の実際⑤ 太 めのダイヤモンドバーを用いると、明視野下に確実に歯冠を分割できます。そのスペースを利用して7番歯頸部に嵌入した歯冠を摘出します。それでも歯冠が出てこない場合は、分割後ダイヤモンドバーにて更にスペースを広げるか、歯冠をさらに分割してください。また、歯冠抜去の際、最深部に歯冠の取り残しがないか確認してください。ここに歯冠の破片が残っていると歯根の脱臼は不可能です。
 歯冠を抜去した後、歯根の脱臼を試みます。歯根はエレベーターの方向が歯軸と一致していないと抜けません。X線写真で方向、根の彎曲をよく確認し、歯列との関係で方向の修正を行ってください。
 それでもある程度力をかけて、脱臼しない場合は速やかに歯根分割を行ってください。その方が遥かに浸襲も少なく、安全、かつスピーディーです。
抜歯の実際⑥  歯根の分割はストレートエンジンと太めのフィッシャーバーを用います。太めのフィッシャーバーを用いる理由は、明視野下に歯根を分割するため、また、分割した歯根を摘出するスペースを確保するためです。近遠心根の分割は髄腔が見えていればそれを参考に行ってください。
 この歯根の分割がうまくゆかないと、歯根脱臼は非常に困難となります。
抜歯の実際⑦  分割後遠心根、近心根の順に摘出します。舌側の皮質骨は薄いので、骨折させないように注意してください。ここを骨折させた場合、歯根が口底に迷入することがあります。また、その際の合併症として舌神経麻痺が起こりえます。
抜歯の実際⑧  抜歯終了時
抜歯の実際⑨  抜歯した下顎埋伏8


下顎埋伏智歯抜歯のコツのまとめ

 術前に術式および起こりうる合併症を患者様に説明しなければならない事は言うまでもありません。下顎水平埋伏智歯抜歯で最も起こりやすい合併症はいうまでもなく下歯槽神経の損傷です。パノラマX 線写真にて歯根と下顎管の重なりを認めた場合、術前にCT による精査が必要となります。また、本術式は特に歯科治療に恐怖心が強い患者様にとって非常にストレスとなることがあります。そのような場合は鎮静法、あるいは全身麻酔下に抜歯をおこないます。そのような患者様は是非当科へご紹介ください。本術式が先生方の日々の診療に少しでもお役に立てれば幸いです。ご不明な点、および困難な症例がございましたら、いつでもお問い合わせください。