医療従事者の方へ

口腔外科手術の基本的手技:歯牙移植術
 今回は、歯牙移植についてそのコツをご説明したいと思います。欠損歯牙補綴手段として最近はインプラントが発達しておりますが、もし移植できる歯があれば、まず歯牙移植を選択することをおすすめいたします。インプラントと違って、歯根膜まで再生できるため、より生理的状態に近い形で咬合を回復できます。また、インプラントよりも安価にできて、予後も十分期待できます。さらに、移植した歯牙が脱落したとしてもその後インプラント治療は可能です。これらのことを考慮すると、歯牙移植はもっと普及していい手技の一つだと考えられます。ただ、抜歯窩へ即時に歯牙移植を行う場合は保健適応ですが、ここで紹介するような、もともと歯牙欠損部へ移植を行う場合は保健適応ではありませんので、ご注意ください。

 歯牙移植成功の鍵は以下の4点です。

1) ドナーとなる歯牙の抜歯の際、歯根膜の保存が非常に重要です。歯根を挫滅させないように歯根に触れることなく抜歯を行うことが大切です。
2) 歯根が未完成の場合、移植後歯髄の生活も期待できますが、歯根完成歯の場合、移植4週間後に必ず抜髄を行わなければなりません。
3) 移植歯牙の固定はあまり強固に行うとアンキローシスを起こし、あまり予後が よくないと言われています。少し動揺するくらいのセミリジッド固定をしてください。
4) 歯牙の固定はおおよそ6週くらい必要です。
歯牙移植術の実際
歯牙移植術の実際①  本症例は20代女性、右下67欠損 です。右下8番は右上7番との咬合に関与しているため、同歯牙は保存 、両側上顎8番を右下67欠損部への移植を計画しました。まず、左上8番を右下7番相当部への移植を行 いました。歯牙移植部の歯肉は、歯肉パンチにて切除後、12番メスにて歯肉切開を行いました。
歯牙移植術の実際②  トレフィンバー移植部顎骨を形成するために用います。トレフィンバーは、形成が容易であるばかりでなく、形成の際、骨片が採取されます。この骨片は移植歯牙周囲の骨量が不足する場合に移植骨として利用できます。もちろん、ダイヤモンドバーなどでも形成は可能です。
歯牙移植術の実際③  下顎骨へ形成の際は特に舌側皮質骨穿孔にご注意ください。X 線写真はもちろんですが、触診にて十分に下顎骨の形態を把握しておくことが重要です。移植歯牙の歯根よりもやや大きく形成してください。また、CT またはパノラマX 線写真等にて下顎管までの距離を把握し、それを損傷しないように気をつけなければなりません。
歯牙移植術の実際④  移植歯牙の抜歯は非常に重要です。もちろん、分割しなければ抜けないような歯牙は利用できません。抜歯時歯根膜の損傷は避けなければなりません。歯根膜を触らずにすむよう、しっかり歯冠を把持できるダイヤモンド付き鉗子などを用いてください。抜歯した歯牙は直ちに移植を行います。決して歯根を乾燥させてはいけません。その後、シーネ、スーパーボンド等を用いて固定を行います。少し動揺が残るようなセミリジッド固定が理想です。
歯牙移植術の実際⑤  移植直後のデンタルX 線写真。
 術後軟組織が安定する移植 4週間後に抜髄を行わなければなりません。また歯牙の固定は通常6週間行います。
歯牙移植術の実際⑥  移植後4ヶ月の状態。
 移植がうまくいった場合、移植歯牙の周囲に付着歯肉も得られ、また動揺も認めません。
歯牙移植術の実際⑦  移植後4ヶ月のデンタルX 線写真。
 移植歯牙周囲の歯槽骨の再生が認められます。
歯牙移植術の実際⑧  この症例においては、この時点で、同様の手技にて左側上顎8を右下6相当部に移植を行いました。
歯牙移植術の実際⑨  左上8を右下6相当部へ移植直後のデンタルX線写真。
歯牙移植術の実際⑩  右下6相当部に左上8を移植後12ヶ月のデンタルX 線写真およびパノラマX 線写真。移植した歯牙は共に骨植良好で、動揺は認められていません。共に歯根膜の再生が認められます。
歯牙移植術の実際⑪  最終補綴物が装着された状態です。歯冠歯根比にやや問題が残りますが、咬合が回復されました。


歯牙移植術のまとめ

 上顎智歯は、分割せずに抜歯できる場合が多く、移植歯牙として利用できる場合が多いようです。また、カリエスも周囲炎も認めない上顎智歯は、移植歯牙としてあえて保存に努めるのも一案でしょう。
 移植した歯牙は5年から10年で脱落することもありますので、術前にその旨を患者様に説明する必要があります。本術式が先生方の日々の診療にお役立てできれば幸いです。不明な点、および質問等ありましたら、いつでもご連絡ください。