医療従事者の方へ

口腔外科手術の基本的手技:顎関節パンピング
 シリーズ4回目にあたる今回は、顎関節症の治療において、スプリント療法の次に頻度の高いパンピング療法についてご説明したいとおもいます。みなさまご承知の通り、顎関節症は歯科の中でう蝕、歯周炎に次いで多い疾患で、歯科三大疾患の一つとされています。病態も様々で、スプリント療法のみではどうしても限界があります。パンピング療法は、顎関節症に対する保存療法と外科療法の中間に位置するもので、顎関節の解剖と方法を理解すれば、十分行えます。適応は、非復位性関節円板前方転位です。
 パンピングは関節腔への局麻剤や生理食塩水の注入と吸引を繰り返す、いわゆるパンピング操作により滑膜組織へ刺激を加え、関節の循環動態を改善し、転位円板を復位させることを目標とします。また、クローズドロック症例は、関節円板の位置的・形態的異常により復位を伴わない関節円板の前方転位の状態に陥り、開口障害と顎関節部の運動痛を主症状とし、早期にロックの解除を行わなければなりません。その治療の第一選択がマミュピュレーション療法であり、症状が激しい場合やマニュピュレーション単独ではロックが解除されない場合にはキシロカインにてパンピングを併用して行います。
 主に穿刺は上関節腔に行いますが、この部分の解剖的知識は必要です。穿刺時に注意すべき神経・脈管は顔面神経側頭枝と浅側頭動脈です。また、下顎窩損傷で注意すべき部位は下顎窩上部の下顎窩最深部(この部位の側頭骨は非常に薄く、厚0.5-1.5mmです)、後方の中耳前壁です。
パンピングの実際
パンピングの実際①  開口度は約10mmで、高度な開口障害を認めます。また、下顎切歯路は開口時左側へ約5mm変位します。
パンピングの実際②  MRI画像にて左顎関節円板の前方転移を認め、いわゆるクローズドロックの状態です。右顎関節には異常は認めません。
 パンピングは口腔内処置と違い、完全に清潔操作です。日常の歯科診療において、口腔内を扱っていることから、「清潔」「不潔」の概念が希薄になりがちですので、注意が必要です。耳前部を十分に露出させます。特に女性の場合は毛髪が障害になりますので、キャップ等を利用して術野を確保しなければなりません。ポピドンヨード綿で、刺入部位を中心に円を描くように消毒します。その後ハイポアルコール綿で同様に消毒をします。このとき、ポピドンヨードの着色部を一層残すようにしてください。清潔部位限界の目安となります。消毒後、清潔ドレープに関節部分のみ穴を空け、カバーしてください。その上から穴あきシーツ、または丸穴ディスポーザブルシーツを術野にかぶせます。これで清潔な術野を得ることができます。なお、このとき耳介が完全に見えるようにしてください。刺入点を決める上で、特に耳珠は大変重要な目印です。
パンピングの実際③  穿刺点までの距離:
 耳珠中点から外眼角まで仮想線を引き、その仮想線上において、耳珠中点から約10mmをA点とする。A点より、仮想線に対し垂線を下方に引き、仮想線より約1.2mmが穿刺点です。
パンピングの実際④  関節窩、関節頭の外形を描き、刺入点を決定します。このとき、患者様に開閉口を指示し、指で確実に関節頭、側頭骨を確認してください。
パンピングの実際⑤  1横指開口させ、下顎頭と下顎窩の間のくぼみのやや後方部が刺入点となります。刺入点から斜め上方に、関節結節後方斜面に向かって針を進めてください。22G注射針の約3分の2程度入って骨に確実に当たることを確認してください。その途中で、すっと抜けるところがあります。それが上関節腔に入った証です。
 そこでパンピング操作を行います。薬液は生理食塩水または1%キシロカイン(エピネフリンなし)を用いてください。パンピングに用いている薬液が血液等で汚れてきたら、交換してください。このときは針を刺入したまま注射筒のみを取り外し、薬液の交換を行います。この操作を4,5回繰り返してください。
 注射針を抜去した後は5分間ほど圧迫し、絆創膏を貼付します。
パンピングの実際⑤  パンピングにて左顎関節のロックがはずれた状態です。開口度は約30mmにまで回復しました。
 パンピングにてロックがはずれた後の処置が非常に重要です。ロックがはずれた後、開口器を用いて10分くらい最大開口を維持してください。その後、下顎前方整位型スプリントの着用を2週間ほど行ってください。一旦円板が整位しても極めて再転位しやすいため、1日になんども開口を確認するよう指示してください。また、術後、感染予防に抗菌薬内服を3日程度行ってください。
 顎関節症の治療は、一般歯科診療においてもっと普及すべきものと考えております。その中で、パンピングが行えれば、顎関節症治療の幅が広がります。先生方の診療において本術式を行う上で、少しでもお役に立ていただければ幸いです。不明な点がございましたらいつでもご質問ください。