医療従事者の方へ

口腔外科手術の基本的手技:上顎埋伏智歯抜歯
 前回は下顎水平埋伏智歯抜歯について述べましたので、今回は上顎埋伏智歯抜歯について述べたいと思います。下顎智歯は水平に埋伏している場合が多いですが、上顎智歯の場合は近心傾斜して歯冠が隣接する7番の歯頸部に嵌入するか、遠心傾斜している場合を多く経験します。難症例は別として、一般的な上顎埋伏智歯は10分くらいで抜歯を行うことができます。
 前回、下顎埋伏智歯抜歯に時間がかかってしまう代表的な理由として1)術中に痛がるため、局所麻酔の追加が必要となってしまう、2)視野が狭く、どこを扱っているのかわからなくなってしまう、3)歯冠分割がうまく行かない、または分割した歯冠が摘出できない、歯根が脱臼しない、などを挙げましたが、上顎智歯抜歯の場合、その理由が若干異なります。上顎は下顎に比べて局所麻酔が効きやすいようです。2%キシロカインを2.7mlから3.6ml 浸潤麻酔を行えば、ほぼ確実に無痛状態を得ることができます。上顎智歯の抜歯で、最も難しいことは視野の確保です。Spee の彎曲のおかげで上顎結節部を直視できないばかりでなく、大きく開口させると、下顎骨筋突起が術野にかかってしまいます。
 また、下顎の場合は歯冠分割がほぼ必須でしたが、上顎の場合視野が得られないので歯根の迷入をきたす、骨が柔らかいので骨削除が容易であるなどの理由からから歯の分割は行わない方が安全です
上顎埋伏智歯抜歯の際の切開線
上顎埋伏智歯抜歯の際の切開線①  7番遠心面中央か遠心へ切開、また、 7番近心1/3から縦切開を入れます。上顎の場合は、智歯抜歯時、上顎洞へ の穿孔の可能性があります。その際、頬側フラップを用いた閉鎖術を行わなければならないため、このような切開となります。
上顎埋伏智歯抜歯の際の切開線②  最大開口時、筋突起が上顎結節にかかり、抜歯操作が困難になります。


上顎埋伏智歯の抜歯
上顎埋伏智歯の抜歯①  左側上顎智歯埋伏近心に傾斜し、左上顎智歯歯冠が左上顎7番歯頸部に嵌入しているのが認められます。
上顎埋伏智歯の抜歯②  口腔内所見。左上顎智歯歯冠の一部が露出しているのが認められます。
上顎埋伏智歯の抜歯③  上顎の場合、術野を直視できない場合がほとんどです。ミラーテクニックを用いて、切開、剥離を行います。
上顎埋伏智歯の抜歯④  大きく開口させると、下顎骨筋突起が術野にかかります。軽く開口させた状態で、上唇を上方に引き上げ、術野を確保します。
上顎埋伏智歯の抜歯⑤  上顎の場合、下顎にくらべて骨が柔らかいので、本症例くらいの近心傾斜であれば、エレベーターを歯冠近心にかけ、遠心に倒すように力をかけると、ほとんどの場合は脱臼できます。この操作でかなりの確率で上顎結節の骨折が起こりますが、臨床的に問題となることはありません。
上顎埋伏智歯の抜歯⑥  脱臼できたら、速やかに鉗子で抜去します。抜歯後、必ず上顎洞と抜歯窩の交通がないかを確認します。
上顎埋伏智歯の抜歯⑦  縫合後


上顎埋伏智歯抜歯のコツのまとめ

 上顎埋伏智歯を抜歯する際、もっとも起こりうる合併症は上顎洞への交通です。通常、挙上した歯肉骨膜弁を用いて閉鎖が行えますが、それでも上顎洞口腔瘻を形成することがあります。このような場合は上顎洞に炎症がないことを確認した上で改めて上顎洞口腔瘻閉鎖術を行わなければなりません。また、上顎智歯抜歯操作で7番の脱臼に注意しなければなりません。エレベーターが上顎智歯に掛かったら、ほとんどの作業がブラインドとなります。必ず7番に指をかけて、そこに力が掛かっていないことを確認しながら智歯の抜歯を行わなければなりません。さらに上顎智歯が上顎洞、または翼口蓋窩へ迷入してしまう事故も起こりえます。このような場合は速やかに口腔外科へご紹介ください。本術式が先生方の日々の診療に少しでもお役に立てれば幸いです。ご不明な点がございましたら、いつでもお問い合わせください。