医療従事者の方へ

口腔外科手術の基本的手技:サイナスリフト
はじめに
 前回まではインプラント埋入に関するコツや「埋入したいのだけれど顎骨の幅/高さがちょっと足らないな…」といった場合の対処法について紹介しました。
 今回ではインプラント埋入前治療で一番注目されている上顎洞底挙上術=Sinus Lift(サイナスリフト)について説明します。
 Sinus Liftは文字通り「上顎洞粘膜を剥がしてその隙間に骨を詰める」ことで上顎にインプラントを埋入する「骨移植術」の範疇に当たります。「上顎洞粘膜を剥がすのは大変そう」と思われますが、コツさえつかめば逆にonlay GraftやVeneer graftよりも侵襲の少ない手術です。


上顎洞底挙上
 皆さんもご存知の通り、「上顎洞底挙上術」には大きく分けて2つの方法があります。ひとつはいわゆる上顎洞粘膜を広範囲に剥離/挙上するSinus Lift、もうひとつはインプラント埋入部位の上顎洞粘膜のみを剥がすSocket Liftがあります。
上顎洞底挙上①
Sinus Lift

上顎洞底挙上②
Socket Lift
 個人的な意見ですが、Socket LiftよりもSinus Liftの方が安全に出来ると思います。その訳はずばり、「目で見て粘膜が上がっているのが判る」からです。これならいざ粘膜に穴が開いてもある程度ならリカバリー可能だからです。ではそのコツを説明します。詳しい手技は清書を参考にされてください。


1. 視野を十分確保する。

口腔粘膜は歯槽頂から切開します。インプラント埋入部位の上顎
頬側骨面が確認できるだけ剥離します。

2. 窓明けは撫でる様に骨を削る
窓明けは四角でも楕円でもどちらでもかまいません。むしろ楕円 の方が上顎洞粘膜を損傷しないで開けられると思います。この時 歯槽頂から3mm位上の歯槽骨は残してください。この部分はインプラントの初期固定で重要です。
上顎洞底挙上③
 上顎洞粘膜は「淡い青色」っぽく見えます。ストレートのラウンドバー(3,4番位)やダイヤモンドポイントで骨を削ります。骨が厚い所はやや強めに骨を削ります。粘膜が近くなると先ほど述べた「淡い青色」の粘膜が骨を通して見えてきますので、そこからは「撫ぜる」様に削ります。よく切れるバーより切れ味の若干悪くなったバーの方が良いかも知れません。まんべんなく削りましょう。一部分でも粘膜が出てきたら一旦ストップ。剥離子などで窓に当たる骨を持ち上げてみましょう。硬いようならまだ骨が厚くなっている部分があるので再度「撫ぜる」様に削ります。
「ゆで卵の殻を爪で剥がす」様な感じで窓が外れればOKです。窓を内側に折れ込む方法もありますが、窓の骨を剥がしても大丈夫です。剥がした骨は後で使うのでとっておきましょう。
3. 粘膜剥離
 上顎洞底挙上専用の剥離子でまず下方の粘膜から少しずつ剥離します。剥離子の先は骨の面に当てて絶対に粘膜を持ち上げようとしないでください。「骨を剥離子の先で擦る」様な感じです。
 この後は前方でも後方でも構いませんので、まんべんなく上顎洞粘膜を少しずつ均一に剥離します。窓開けした上方の粘膜はこの時まだ剥離しなくても良いです。
 注意する点は前方の粘膜です。設定した窓が上顎洞前壁より後方にある場合はこの部分が「未剥離」な部分になるので、希望した量の粘膜が上がらないことがあります。意外と後方・下方は簡単に剥げるのにいつも粘膜を破る場合は、前方の粘膜が剥がれていない事が多いです。
上顎洞底挙上④
 上顎洞粘膜を破らなければ、この時点で患者様の呼吸に合わせて剥離粘膜が動くはずです。ココまで来ればあと少し。粘膜はインプラント埋入部位で良いですが、内側(鼻腔側)はどの程度はがしたら良いか迷う所です。可能な限りインプラント体の頂部まで骨が埋まる位の剥離をすると良いでしょう。この時点ではある程度粘膜ははがれているので、日常使う剥離子でも大丈夫です。なるだけ先の丸くなっている少し曲がった状態の剥離子を使うと便利です。効率よく剥がせます。ただし、鼻腔ギリギリまではがす必要はありません。
4. 骨填入
 填入する骨は人工でも自家でもどちらでも良いです。ただし、自家海面骨のみだと吸収する速度が速いのでなるだけ皮質骨も入れましょう。入れるときは「フワッ」とした感じで入れ込みます。ギュウギュウに入れると膜がどんどん剥がれてしまい、逆に骨が出来にくくなると言われています。
 この時に先にインプラントを埋入してから骨を填入するか、骨を入れてからインプラントを埋入するかですが、先に骨を入れてからインプラントを埋入したほうが良いです。剥がした粘膜をしっかりと上方に上げておかないと、インプラント窩形成時のドリリングで粘膜を破ることがあるからです。形成時に多少填入骨が出てきますが、余り気にしなくても良いと思います。
上顎洞底挙上⑤
 窓を外した場合はこの時点で戻しても良いでしょう。
5. 縫合
 後は通法に則り縫合します。緊密に縫合してください。
6. 術後の注意点
 創が治癒するまで「鼻かみ」は禁止します。抗生剤は一週間くらい投与します。術後1,2日後に鼻血が出るかもしれません、と伝えてください(膜を破っていなければ大丈夫ですが)。